日本古来の歌 職場の教養2019.8.19(木)感想

「日本古来の歌」8月29日 職場の教養 あらまし・・・

明治26年8月2日に文部省が儀式唱歌として「君が代」は告示されました。
「君が代」の元は、平安時代の「古今和歌集」に載る詠み人知らずの和歌です。

「我が君は千代にやちよにさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(巻7、343)
これがその後、藤原公任が編んだ「和漢朗詠集」に収められ、「我が君」は「君が代」と歌われるようになりました。

その後さらに室町時代の謡曲「老松」で長寿を祝す曲として歌われたり、オペラ「蝶々夫人」では「さくらさくら」等とともに日本の文化を表す曲として劇中で使用されたりしています。

海外の国家と比較しても「君が代」は荘厳(そうごん)で厳粛な曲調です。

令和の御代を迎えて、あらためて「君が代」に込められた思いに目を向けて先人の思いを感じ取ってみてはいかがでしょうか。

<今日のこころがけ>
和歌に親しみましょう

日本古来の歌 職場の教養 感想

日本古来の歌として本日の職場の教養は「君が代」が取り上げられています。
日本人であれば、国歌である「君が代」を知らない人はいないとおもいますが、小学・中学・高校と行事がある際には「君が代」を斉唱します。

大人になってからは「君が代」を斉唱する機会は少ないですが、オリンピック等の国別競技を行う際や相撲等、スポーツの世界で演奏されたのをみる機会は多いですね。ほんと、対戦相手の外国人選手の母国国歌に比べると、「君が代」は荘厳で身の引き締まる感じがします。

「君が代」をネットで調べると以下のように説明されています。
⇣⇣⇣⇣⇣

10世紀初頭における最初の勅撰和歌集である『古今和歌集』の「読人知らず」の和歌を初出としている。当初は「祝福を受ける人の寿命」を歌ったものだが、転じて「天皇の治世」を奉祝する歌となった。1869年明治2年)に薩摩藩の砲兵隊長・大山弥助(大山巌)が薩摩琵琶の『蓬莱山』にある「君が代」を歌詞として選び、その後1880年明治13年)に宮内省雅楽課が旋律を改めて付け直し、それをドイツ人の音楽教師フランツ・エッケルト西洋和声により編曲したものが、1893年明治26年)の文部省文部大臣井上毅の告示以降儀式に使用され、1930年には国歌とされ、定着した。1999年平成11年)に「国旗及び国歌に関する法律」で正式に日本の国歌として法制化された[4]。世界で最も短い国歌である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

古今和歌集が源流だったのですね。

その後の説明に、「大山巌」や「井上馨」など教科書にも載っている江戸後期〜明治初期に活躍した人の名が記載されていて、まったく掴みどころのなかった「君が代」が、先輩たちによって形作られていったのだと感じることができます。

一番ビックリなのは、1999年(平成11年)に正式に日本の国歌として法制化されたとある事。「つい最近やんけ!」と思いませんか?(笑)

「令和」という元号も、古代日本の和歌が源流なので、なんとなく「君が代」と「令和」の成り立ちは似ていますね♪

詠み人知らずなら解釈も自由

「君が代」の源流が詠み人知らずの和歌なら解釈は人それぞれでOK。
という事で、僕なりに都合よく解釈してみました。

「君が代」
君が代は。 ちよにやちよに。
さざれいしの。巌となりて。
こけのむすまで。

<要訳 : 僕訳>

成熟した人たちが、永遠に、生まれ変わってからも
協力し、団結して
固い絆で生きていこう
また、そういう人間の循環を目指していこう

という感じでしょうか。
ちょっと仏教的ですかね(笑)


●●●●●
「職場の教養」とは
一般社団法人倫理研究所が、法人会員向けに無料で贈呈している冊子で、一日毎に示唆に富んだ内容が記されています。
この記事はその冊子を読んで自分なりに解釈し、感想を述べています。

投稿者: ukara9

食品系会社の一見やる気のない社員です。 若い頃に管理職になり、「年上の方」や「考え方の違う方」との関係づくりに悩み、自分に不足してるものを自費で研修や講習や読書でインプットしまくり、水を吸いすぎたスポンジのようにダブダブになっているのでアウトプットしていきます。 食品業界の裏話等もつぶやくことがあるかもしれません。 当サイトはamazon.co.jpをリンクすることによって紹介料を獲得できるアソシエイトプログラムに参加しております。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です